ホストは客の奪い合い
2月ナンバーを落とした。
このままとんとん拍子で客が増え続けて、売り上げを上げ続けるものだと思っていたからショックだった。
って言うのもN子が来なくなったのだ。
理由は簡単だ。
他のホストに行ったのだ。
立川にホストクラブは3店舗しかない。
客自体も少なく、少ない牌を3店舗で奪い合っている具合だ。
うちの店に通っている客も他店舗に行ったことがある人が多く、必然的に情報も入ってくる。
キャッチをする時など、街で顔を合わせる事もよくあり、必然的に顔見知りにもなる。
ライバルの悪い情報を流して、自分の客にしようとする他店舗潰しもよくある。
彼女はライバル店のキャッチで捕まって、最初は他店舗に担当がいるからと断ったものの、流され易い性格だから初回だけならと、キャッチで捕まり、そのまま乗せられて指名をして、アフターに行ってその担当に僕の事を相談して、悪い情報を流されたという感じだ。
彼氏の事を相談して、その相談相手の事を好きになってしまうと言う、まあよくあるケースに近い。
しかし、どれだけ堂々巡りなのだろうか。
そっちに行き初めてからラインもSNSも全てブロックされてパタリと連絡が来なくなった。
恐もくそちらの担当にブロックされたのだろうけど、女性は何というか曲がり角を曲がってから立ち去るのが早いものだ。
代表や先輩にその事を話すと、「意地でも取り返せ」と言われたけど、正直僕はホッとしていた。
彼女の相手をするのに疲れていた。
どんな時でも2秒以内に返ってくるラインには苛立ったし、内容は毎回同じだ。
正直顔を見るだけで憂鬱になっていた。そしてもう一つホッとしていた理由がある。
相手都合で終わったのであれば、あとくされなくサヨナラ出来るからだ。
例えば、他の女の子とホテルに入る所が目撃されたとか、ホストは辞めるからもうサヨナラとか、そんな風に恨みを買う終わり方をすれば、後々面倒臭い。
「これだけあなたの為に時間とお金を費やしたのにそりゃないでしょ」
って言う話しになるからだ。
相手都合であれば、傷つけずお別れが出来る。
他店舗に行かれた悔しさより、ここまで僕をナンバーに入れてくれた事に対する感謝の方が強かった。
代表や先輩には「お前の管理が甘いからだぞ」と説教されたけど、そもそも僕は客の行動を縛るとかは、まっぴらごめんだ。
そんな面倒な事したくない。
ホストは楽じゃない。
はっきり言ってめちゃくちゃきつい。
客を呼べなければ、給料をもらえず店で肩身の狭い思いをしてそれは辛いのだが、売れれば売れるほどそれとは違ったしんどさがつきまとう。
どっちが辛いかといったら圧倒的に後者だ。
売掛で縛るホスト
一つ気がかりだったのが、彼女が行ったライバル店は何かと黒い噂が立っていた事だ。
客には消費者全融で借金をさせてでも、シャンパンを入れさせ売り掛けで客を縛る「掛け縛り」を主流としていると聞いた。
一度客に売り掛けをさせ、その掛けを返させる為に店に呼び、また掛けをさせそれを無限にループさせ、店に呼び続けるという方法だ。
他店潰しも平気でやるし、僕が働いていた店より何かとルールが厳しいとも聞いていた。
案の定N子は、掛けで縛られ続けうちに来ていた時より生活が困窮していた。
ホストは嘘をつくのが仕事
そんな状況でも店に行き続ける理由は結婚営業を持ちかけられたからだ。
「ホストを引退したら結婚しよう。それまでオレの売り上げを支えてくれ」
と言われ、まんまとそれを信じた。
周りから見れば、それがどれだけおかしい事かなんて一目瞭然だけど、当事者って言うのは周りが見えなくなって頭がおかしくなっているものだ。
ホストに通っているお客さんはそんな人が多い。
ホストなんて当たり前のように嘘をつく生き物だ。
それが仕事だ。
なんなら自分の嘘に耐える事が僕達の一番の仕事だとさえ思う。
しかし、これはれっきとした婚約訴訟だ。
度が過ぎてると思った。
普通に考えたらありえない事だけど、この業界では当たり前にそんな事が行われる。
慣れというのは怖い。
本来どれだけ心の優しい人でも、その世界の水に慣れてそれがデフォルトになってしまえば簡単に人を騙す事が出来るのだ。
戦争なんかがいい例で本来、人を殺す事なんか当たり前によくない事なんだけど、過酷な戦場ではいちいちそんな事を考えてられない。
人を撃つ事に一々心を痛めていては、話しにならない。
ちなみに、戦場で優秀だった兵士ほど、日常生活に戻ったら使い物にならないと言う話しを聞いた。
夜の世界もそれに似た側面があると思う。
人を騙して大金を稼ぐ事を覚えたら、堅気の世界で生きていくのは厳しい。
キャバクラや風俗など、水商売の女の子が昼間の仕事に戻るのも難しい。
って言うのは、簡単に大金を稼ぐ事を覚えてしまって、デフォルトが崩れてしまっているからだと思う。
N子からはラインをブロックされたり解除されたりしながら、時々連絡が来たが、完全に頭がおかしくなっていた。
「未来の幸せの為に私は今頑張るの。どれだけ辛い思いをしてもしゅうさんをナンバー1にしなきゃいけないの」
そんな風に完全に頭がいかれきった発言をしていた。
完全に丸め込まれていた。
「お互いガチで愛し合ってるから」
とか、キモい発言をしていたけど、しゅうさんは店以外では一切会ってくれなかったらしい。
「オレが夢を叶えてナンバー1になるまで外では会えない。」
と言われたらしく、眠らずに働いて、しゅうさんをナンバー1にする事に必死になっていた。
そんなこんなでN子の担当のしゅうさんは僕より新人であるのに関わらずあっと言う間に、ライバル店のナンバー2まで登り詰めた。
彼女以外にも当然客はいたのだろう。
ーーーエピソード16へ続くーーー
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