2日目.全然車が停まらない
朝4時に僕らは木宮の無人駅で目を覚ましました。
と言うか眠れませんでした。
無人駅のベンチは固くツバメの巣が大量にありました。
20箇所、いや800箇所くらいツバメの巣がありました。
そんなこんなで爆音で鳴り響くツバメのさえずりにより、眠る事が出来なかった僕達は早すぎる出発を決めました。
高速に乗るべくスケッチブックを掲げようと思いましたが、こんな早朝の熱海に車が通る様子など無く、刻々と時間が流れて行きました。
その後3時間程経ち、車が通るようになってからも中々車は停まってくれませんでした。
もう嫌になってきました。
10時くらいになって、ようやく車が停まってくれるも、高速には乗らない車でした。
その後も何台か車が停まってくれるも高速には乗らない車ばかりで、僕たちは熱海で場所を転々としながらヒッチハイクを続けました。
8月の真夏。とめどなく汗が流れてきます。
段々停まらない車や何もしない稲川に対してイライラが募って来ました。
ついでにこのタイミングで相方稲川のスペックを説明しておくと
彼は家に引きこもり音楽を作り続ける生活を送っており、人とのコミュニケーションを遮断してきた男です。
身長は180センチくらいあり、長髪、髭面、肩に刺青が入っており、一言で言えばちょっとヤバそうな奴です。
当然そんな稲川にヒッチハイクをさせる訳にはいきません。
「動画を撮影してくれるだけで良いから。」
僕は最初から稲川にそう言い、彼はこの旅の同行に承諾しました。
彼が後ろにいると怖がられそうなので、僕は度々彼に隠れてもらいスケッチブックを掲げました。
しかし、車に乗っても話さない、疲れている僕に一切の気遣いもない事、お金の無い彼の食費は全て自分が払っている事、特に何をするでも無く後に付いてくる彼に僕は段々と苛立ちを覚えて来ました。
一度女子大生の3人組が停まってくれて「よっしゃ来た!」と思い「もう一人いるんですけど大丈夫ですか?」と聞いて、隠れていた稲川を呼ぶと彼女達は
「すいません!荷物があるので2人は厳しいですー!」
と言いそそくさと発進して行きました。
チラリと稲川の方を見ると「次行こ。」と真顔で僕にスケッチブックを掲げるように指示をすると日陰に去って行きました。
「もう、お前帰れよ!!」
僕は心の中で叫びました。
時刻は19時をを回りました。
2日目にして目的地の神戸はおろか、熱海から抜け出す事すらできません。
体力も精神も限界を迎えました。
しかしこんな所で立ち止まる訳にはいきません。
不穏な空気が立ち込める中、僕は稲川をファミマのイートインコーナーで休憩させながら、ひたすらにスケッチブックを掲げました。
「こんな旅無謀なんじゃないか。」
「熱海ならまだ電車で引き返せる。」
「いやダメだ。こんな所で諦めたらオレはこれからの人生ずっと諦めながら生き続ける。」
幾度となくそんな自問自答を繰り返しました。
ガソリンスタンドで給油中の人に声をかけるも断られ「乗せろよクソが!」と心の中で罵声を吐きました。
ヤケクソになりながらスケッチブックを掲げる中車が停まりました。
「とりあえずインターの前まで乗せてあげる。」
運転手さんはこの辺に住んでいる人でそう言われ、僕は心の中で
「それじゃ、あんま意味ないんだよなー。」と溜め息を吐きました。
しかしこの場から動かないと何も始まらないと思い、有り難く好意を受け取ると車に乗車しました。
旅の経緯や、中々高速に出られない不平を吐露すると運転手さんは笑っていました。
インターの前までくると運転手さんは「ここまで来たのは良いけどオレどうやって引き返せば良いんだろ。いいや高速乗るよ笑」
そう言いました。
まるで最初からそのサプライズを考えていたような粋な発言でした。
「マジっすか!いいんすか!本当すいません!ありがとうございます!」
僕は死ぬほど頭を下げました。
「ありがとうございます。」
後ろから稲川の小さな声がしました笑
「いいよいいよー!」
人の優しさが心に沁みました。
高速上陸
「頑張ってねー!」
そう言いながら手を振る運転手さんに僕はまた死ぬ程頭を下げ「ありがとうございましたー!!」と大声で手を振り返しました
一番近くのPAで降ろしてもらった僕たちはようやく高速に上陸しました。
「高速乗れば余裕やろ!!」
僕は大手を振りました。
見ると静岡ナンバーの車が停まっています。
運転手さんは車の中でアイスを食べていました。
ハイになった僕は勢いよく声をかけました。
「すいません!静岡方面行きたいんですけど乗せてくれませんか!」
ゆっくりと窓が開くと、優しそうなお兄さんはアイスを食べながら、少し人見知り気味に言いました。
「別にいいけどー。」
「マジっすか!!!うおっしゃー!!」
僕はアホみたいに歓喜しました笑
高速に降りてから2分も経っていません。
どうやら、ヒッチハイクは高速に乗れさえすれば余裕と言う噂は本当なのかもしれません。
溜まりに溜まっていた疲労は一瞬で吹き飛びました。
車の中で僕は運転手の山本さんと永遠に恋バナをしました。
34歳工場勤務、とてもチャーミングな山本さんが結婚出来ることを心から祈っています。
浜名湖のSAに着いてから停まっている車やトラックに片っ端から声をかけました。
イカツイ長距離トラックの運ちゃんに圧迫され、ビビりながらも声をかけ続けました。
しかし中々乗せてくれる車はおらず僕はベンチに倒れこみました。
ウトウト睡魔が襲って来ました。
「おい寝るな!キャベツ!おい!」
稲川に何故か文句を言われる中、我慢出来ず僕は目を閉じました。
逆ヒッチハイカー、東京から名古屋へ
どのくらい眠っていたでしょう。
ぼんやり垣間見える夢の中、声がしました。
「君たちヒッチハイクしてるんか?」
ハッと目を覚ますと稲川が言いました。
「キャベツ行くぞ。」
焦点の合わない目をこすり、目をこらすと、そこには背が低くてメガネがベタベタなおじさんが立っていました。
「名古屋まで乗せってたるわ!」
おじさんは笑顔でそう言いました。
救世主到来!
まさに逆ヒッチハイクです!
僕達は頭を下げるとトラックに乗り込みました。
またしても眠気が一瞬で吹き飛びました。
大型トラックに乗るのは人生で初めてでした。
トラックの中で話を聞くと、冷凍品の長距離運送をやっている小林さんは今まで何十人ものヒッチハイカーを乗せた事がある、まさに逆ヒッチハイクのプロでした笑
まるでヒッチハイカーを乗せるのが趣味と言わんばかりに、嬉々として今まで乗せたヒッチハイカー達の話しを僕にしました。
「そんな人いるんスカ!!笑」
僕は小林さんの話しにツッコミを入れながら大笑いしました。
そしてどんなヒッチハイカーが乗せやすいか、どう言った場所が一番気付きやすいかなどヒッチハイクの極意を僕達に教授してくれました。
「帰りも都合が合えば乗せて行ったるわ。」
午前1時、小林さんは名古屋のPAで僕達の事を降ろすとそう言って、電話番号を教えてくれました。
『人の優しさに触れる。』
この旅の第一のテーマは簡単に果たす事が出来そうです。
僕達は去って行く救世主小林さんに大きく手を振り見送ると、PAのベンチに横になり力尽きました。
2日目、愛知県名古屋市にて終了。
3日目へ続く。