Episode.20【崩壊】
バックヤードのゴミ箱には、買ったばかりのチケットが捨ててありました。
1枚2800円のオーケストラのチケットがグシャグシャに丸めて捨てられていました。
ユキは常連の輪に混ざり楽しそうにダーツを投げていました。
【ヲタサーの姫】
自分の周りに囲いを作り上げ、楽しそうに笑っている彼女にはまさしくそんな言葉がお似合いでした。
そこにいる連中は僕がこんな思いでいる事などつゆ知らずに笑っていました。
僕の周りにだけ、ここにある全ての悲しみが集められたかの様に雨雲が立ち込めていました。
楽しそうに笑っているユキにも、その周りでヘラヘラ笑っている奴等にも虫酸が走りました。
「おいっ!」
僕はその輪の中に入って行って言いました。
紛れもなくユキの方だけを見て。
一瞬にしてその場は水を打ったかのように静まり返りました。
「えっ、何‥?」
ユキは戸惑う様子で僕の方を見つめました。
「ちょっと来てもらっていい?」
僕は淡々とした口調でそう言うと、無理やりにユキの腕を掴み外に連れ出しました。
周りの人達は黙ってその様子を見つめていました。
深夜の店外は静まり返っていました。
「な、なに?」
ユキは白々しく僕に聞きました。
その瞳は少し怯えている様子でした。
そこに今までの優しい言葉だけを選んで来た僕はいませんでした。
「なにって、なにじゃねーよ?つーかお前何なんだよ!何平然とした顔でここに来てんだよ!!」
さっき一緒にオーケストラに行こうと誘ったにも関わらず、支離滅裂な事は自分でも分かっていました。
ユキは黙っていました。
都合が悪くなると黙り込むのが彼女の癖です。
一度言葉に出してしまうともう止まりませんでした。
せき止められたダムが崩壊するかの様に言葉が溢れ出しました。
「こっちはお前のせいで人生メチャクチャなんだよ!人の人生めちゃくちゃにしといて何自分だけ幸せになろうとしてんの!?」
今まで僕の中で守って来たもの、その全てが水の泡になって流れていく感覚が分かりました。
「少しは他人の気持ち考えられない訳?そんなんだからいつまで経っても自分が傷つく羽目になるんだろ!とにかくもうこのお店に来るなよ!お前の顔見たくないんだよ!」
『そのままじゃダメだよ。変わらないと。』
怒りの中にそんな想いが微妙に入り混じって、意味深な言葉に変わりました。
「私だって辛いんだよ!!そんな他人の事なんて考える余裕なんてないよ!!」
ユキが初めて声を荒げました。
綺麗な逆ギレにも関わらず声がうわずっていました。
その時、初めてユキが自分の感情をぶつけてくれた様な気がしました。
ユキだって辛いのです。
そんな事は最初から分かりきっていました。
彼女が僕に言った事がどこまで真実だったかなんて分かりません。
しかし何れにせよ、彼女が心に傷を抱えている事は真実に違いないのです。
そんな事は最初から分かりきっていました。
しかしここまで来てもう後に引く事は出来ませんでした。
「辛いのはお前がその分他人を傷つけてるからだろ!もう少し他人の気持ち考えられる様にならなきゃまともな人間関係なんて築けないよ!チヤホヤされるだけの楽な関係に走るなよ!」
ユキは僕の言っている事が分からないのか黙りこみました。
「とにかくもう二度と顔みせんな!消えろ気持ち悪い!」
肯定したり、否定したり、 守ろうとしたり、壊したり。
嘘と本音。
自分の感情は今まで出会った事のない訳の分からない感情で埋め尽くされていました。
支離滅裂な事は分かりきっていました。
「分かった。」
ユキは静かにそう言うと去って行きました。
全てが終わった。
これで二度とユキが僕の所に戻ってくる事は無くなりました。
僕はその場にうずくまると一人泣きました。
Part.21へ続く