Episode.16【同棲】
バイト先で溜まったストレスを発散する為、相も変わらずユキは毎日のようにお店にやって来ていました。
僕は言うまでも無く、お店にユキが来る事が嫌でした。
当然他の常連達にチヤホヤされる嫉妬もありましたが『一緒に住もう』と約束した恋人が一生懸命働いている中、平気で遊んでいられる無神経さに腹が立ちました。
僕がそんな心境でいる事など誰一人考えもせず、周りの常連達は彼女に寄ってたかってアメを与えました。
僕の目の前でユキを口説くおっさんにも、僕の目の前で「ブス」と言っていじる奴にも、酒が飲めない彼女に無理やり飲ませようとする奴にも虫酸が走りました。
しかしそのどれもを彼女は楽しそうに受け入れて笑っていました。
とにかくみんなユキの事が好きでした。
それは性格がいいからとか、面白いからとかそんな理由では無く、ただ単に「可愛いから」それだけの理由でした。
ある程度容姿に恵まれた若い女が得る特権でしかありません。
きっと今までのユキの人間関係もこうやって構築されて来たのだと僕は理解しました。
そしてそれを彼女は『友情』と呼んだのです。
これも余談ですが「ダーツバーにハマる女はチヤホヤされたいだけのロクでもない女だ。」と、店長は言っていました。
残念な事に、紛れもなくユキはそれに当てはまっていました。
反対に常連の他の女子は皆、ユキの事が嫌いな様子でした。
皆と言っても彼女を除いて常連の女子は2人しかいません。
2人はユキと同じ中学に通っていて、彼女の事が中学の頃から嫌いだと言っていました。
常連同士が皆仲良くする中、女子通しが全く会話しないのは、確かに妙な雰囲気でした。
女友達が少なく男とばっかいたユキだからこそ、女子から反感を買う事は多かったのかもしれません。
嫌っている理由についてあえて僕は聞く事をしませんでした。
次の日がバイトの日でもユキは深夜まで遊び続けました。
「明日バイトでしょ帰らなくても良いの?」
僕がこっそりそうと聞くと
「うん、家に居てもどうせ眠れないから。」
そう答えました。
彼女は不眠症でした。
僕は彼女を責める事が出来ませんでした。
一緒に暮らす事を確定させる前、ついに僕はユキに今までの不満をぶつけました。
彼氏が働いている中毎日のように遊んでいた事。
他の男の人と二人で遊びに行っていた事。
他の男の人に毎日送り迎えをさせていた事。
「一緒に住む事ってそんな簡単な事じゃないと思うんだ。」
それらの言葉を告げるとユキは黙りこみました。
彼女は自分の都合の悪い話題になると黙り込む癖がありました。
しかし、しばらく黙りこくってからユキは言いました。
「もうお店には遊びに行かない。私は隼人さんと一緒に頑張りたい。」
4月。
僕らはついに一緒に暮らし始めました。
木造築40年のボロアパートでした。
しかし内装は綺麗にリフォームされていて、家賃も安く1LDKの広い部屋を僕もユキも気に入りました。
引っ越しに当たる初期費用は僕が全て払いました。
引っ越し当日彼女の事を車で迎えに行くと、彼女は1メートル以上あるプーさんのぬいぐるみを抱きかかえて待って居ました。
「荷物になるかもだけど、プーさんがいないと眠れないの。」
と、彼女はキャラに似合わない事を言いました。
それから二人で家具やら家電やらを買い揃え、部屋の配置決めをして行きました。
ユキは幸せそうに笑っていました。
「これから幸せな日々が始まるんだ。」
あの時、僕はそんな事を信じて疑いませんでした。
Part.17へ続く