Episode.15【未来】
「一緒に住もうか」
そう提案した僕に対してユキは言いました。
「いいんですか?私も隼人さんと一緒に住みたいです。」
愛されていない義理の父親と、DVを受けていた母親と一緒に暮らすユキには居場所がありませんでした。
彼女には姉がいましたが、離婚して実家に戻っていた姉からも度々きつく当たられるとも言っていました。
気が弱かったユキは自分の感情を押さえ込んで暮らしていました。
話によると一家ごと幸福の中で暮らしていない一族でした。
負のスパイラルの中で生きていく。
それが血なのでしょうか。
一刻も早くその環境から抜け出す必要があります。
『家を出る』
それが彼女が幸せに生きていく為の最初のステップのような気がしました。
3月。
ユキと付き合い始めてから2ヶ月が経っていました。
Aがバックれた、しわ寄せは全て僕に回っていて、僕はひたすらにバイトをしていました。
A以外にも同じ時期に退職したスタッフが何人かいて、24時間営業のバイト先は常に欠員状態でした。
引っ越しの為の資金もあるし、僕はシフトを一切断らずに出勤しました。
バンドも解散してしまった以上大きな目標も無く、とりあえずバイトでも何でも働く事が今自分が一番やるべき事だと思いました。
長い時は1日15時間、週6で働きました。
この時には他のスタッフも僕の事を気遣ってくれて、寝坊して遅刻しても何も言われなくなりました。
その甲斐あって1ヶ月の給料は驚く事に30万円を超え、引っ越しをするに当たって必要なお金は着々と貯まっていきました。
一方でユキは僕が働いている中、毎日のようにお店に遊びにきました。
かと言って僕と話しに来たわけではなく、男だらけの環境に女子一人でやって来て、チヤホヤされて楽しそうにしていました。
囲いが出来てる以上、僕から彼女に話しかける事も出来ませんでした。
終電が無くなるまで遊んでは、毎日のように常連の男に家まで送ってもらっていました。
イライラが募りました。
余談なのですがダーツバーにやってくる常連客のほとんどは冴えない奴です。
学生時代にイケてなかった奴がダーツを通してようやく自分の居場所を見つけ、集まってくるのです。
そしてその場を牛耳る事で自分たちがイケてる人間だと勘違いしてはしゃぐのです。
これは店長からの受け売りでしたが、僕の目から見てもダーツバーとはそう言う場所でした。
なので空気が読めないと言うか、引き際が分かっていない奴が多く、特に女性が絡む問題になると見境がつかなくなる奴が多い印象でした。
バレないようにしてるつもりでもバレてしまうもので、その時点で僕たちが付き合っている事は周りも感づいている様子でした。
しかし、僕に気を使う奴なんて一人もいませんでした。
ユキは他の常連客と平気で二人で出かけるわ、告白されるわで僕は彼女の事が心配でした。
しかし、彼女が一人でいれば孤独に押しつぶされる事を分かっていた以上、それを露骨に注意する事は出来ませんでした。
働いていない彼女にあれだけ毎日のように遊ぶお金があったのは未だに謎です。
僕は彼女に提案しました。
「ユキこのままじゃダメだよ。まずはバイト探そう。オレも頑張るからユキがバイト見つけたら一緒に住もう。」
『バイトを探す』
これはもう彼女が何ヶ月も前から言っていた事です。
なんなら出会った時から言っていたような気がします。
僕の経験上、バイトなんてその気になれば一時間で見つけられます。
しかし、ユキは一向にバイトを見つけないまま4ヶ月以上の歳月が流れていました。
僕の一押しもあってか、彼女はようやくバイトを見つけて来ました。
独学で学んでネイリストの資格を持っていた彼女は、ネイルサロンで働き始めました。
以前にも自分の爪をネイルして来た事がありましたが、確かにそれは素人がやるレベルを超えていたのを覚えています。
「やっぱ女の世界はめんどくさい。」
しかし出勤初日にしてユキは不満を口にしました。
『出勤初日にしてそんな事が分かるかよ。』
そんな言葉を僕は飲み込みました。
考えてみればユキには同性の友達がセイカ以外にいませんでした。
一緒にいるのはいつも男でした。
「女は色々めんどくさいから、男友達の方が一緒にいて楽。」
彼女はそう言っていました。
今になって思えばそれは友情でもなんでも無く、男と一緒にいれば勝手にチヤホヤされる。
本音を晒さなくても注目を浴びれる。
それを本能的に理解した彼女の甘えでした。
他人に心を開く事が出来ない彼女の周りは、気付かぬ内に相手の行為を逆手にとって利用するだけの、都合の良い楽な人間関係で構築されていたのです。
そんな偽りの友情が続くはずはなく、彼女は友達だと思っていた相手から行為を寄せられては切り捨てを繰り返していました。
当然相手からしてみれば「お前の為にこんだけやってあげたのに何だよその態度!」と言う結果になり、逆上を招いていました。
支離滅裂な話です。
1週間経っても2週間経っても、彼女はバイト先で馴染めずにいました。
「もう辞めたい。」
彼女はそう言いましたが、ここで逃げ出してしまったらまた同じ事を繰り返すだけです。
『全うな人間関係を築く』
彼女がこれから生きていく上で避けては通れない壁。
それをこのバイト先で培って行かなければいけないと思いました。
「大丈夫だよ。もう少し頑張ろう。」
僕はそう言い聞かせました。
Part.16へ続く