Episode.14【過去】
ホットコーヒーを飲んだコンビニから程近いホテルのベッドの上、ユキは僕に言いました。
「隼人さん、実は話さなきゃいけない事があるんです。」
「うん、どうしたの?」
何の話しが始まるのかさっぱり検討が付かないまま僕は返しました。
「実は私病気で、時々おかしくなるんです。多分隼人さんにも迷惑をかけると思います。それでも大丈夫ですか?」
彼女はそう言うと、少し怯えた目で僕の事を見ました。
そういえばAが一度、ユキが病気だと言っていた事があります。
その時、僕は彼の言う事は虚言だからと思って聞き流しました。
しかしどうやら本当の事のようでした。
その後、一生懸命に話す彼女の言葉を僕は真剣に聞いていました。
しかし話し下手なのか何なのか、そして大事な所をぼやかしながら話す彼女の言葉は不鮮明ではっきりと理解する事が出来ませんでした。
「大丈夫だよ。一緒にがんばろう」
恐らくパニック障害的な病気なのかと僕は自分を納得させ、何が何だか分からないまま彼女の事を宥めました。
「ありがとうございます。」
ユキは一言、そう言いました。
それから1ヶ月ほど経過し、僕は少しずつ彼女の過去、ホテルで言っていた言葉の意味を理解して行きました。
自分から根掘り葉掘り詮索しようなんてそんな気持ちはありませんでしたが、話の流れで聞かずにはいられない状況が何度も来ました。
回想
15歳の時、彼女は恋愛関係のもつれで知り合いの女子から恨みを買いました。
理由はユキがその子の彼氏を奪ったと言う事でした。
彼女は奪ったつもりもなければ付き合ってもないし、一方的に思いを寄せられただけだと言っていました。
真相はどうであれ、彼女が恨みを買ったのは確かです。
逆恨みはエスカレートして、その子は先輩の男達に頼んでユキの事をレイプさせました。
複数の男達に取り囲まれ、為す術もないないまま彼女の心と身体は壊されました。
僕の頭の中にはユキの瞼の裏に残る歪んだ光景と、鼓膜に残る叫び声が焼き付けられました。
そして彼女は高校を中退しました。
その後も話しは続きます。
ユキの元父親はヤクザで風俗を経営していました。
15の彼女はレイプされた心の傷を塗りつぶす為、父親に頼んで風俗で働き始めました。
そして父親がそれを了承して更に傷を増やしました。
至って普通の環境で育った僕には分からない事ですが、きっと彼女にとってそれはリストカットのような自傷行為だったのでしょう。
そして成熟していない彼女の子宮は、過度な肉体関係によって壊れました。
彼女は15で子宮頸癌になり、手術と引き換えに妊娠が出来ない身体になりました。
そして取り返しのつかない傷を背負いました。
今に思えば彼女はあの時感情を欠落させたのでしょう。
感情の殺害現場。
15の幼い少女は不運にも恵まれない環境に心を殺されました。
嘘のような負の連鎖が彼女の人生では巻き起こっていました。
ヤクザの元父親と母親が離婚して、新しい父親が出来てからも実の娘じゃ無い彼女は父親から愛されずに育ちました。
それどころか、実の母親からもDVを受けてきた彼女にはどこにも居場所がありませんでした。
彼女の黒い瞳の奥にはそんな過去が隠されていたのです。
時々過去の記憶がフラッシュバックして、パニックになると言うのが彼女が抱えた病気でした。
まだまだ暗い記憶の回想は続きます。
その後、彼女は16の時人生で始めて信頼できる人に出会いました。
バイト先の先輩で30歳の男性だったらしいです。
彼にだけは唯一、心を開く事が出来てユキはその人に自分の事を何でも話しました。
彼はユキの話しを真剣に聞いてくれて、彼女の全てを受け入れてくれていました。
恋人だった訳ではなく、ユキが一方的に想いを寄せていた。
と語っていました。
しかし彼は不慮の事故で亡くなりました。
「信頼される人間になる為にはまずは相手の事を信頼する事だよ。」
僕は度々、そんな事を語っていました。
ユキはその人が亡くなってから他人を信頼する事が出来なくなったと言いました。
彼女は暗い過去を僕に打ち明けてくれました。
もちろんそんな簡単に話せるような内容では無かったと思います。
それでも勇気を出して僕に打ち明けてくれたのです。
僕は彼女のそんな話を聞く度に彼女が育った環境を呪い、周りの人間達を恨みました。
そして彼女の事を大切な存在に思いました。
オレがユキの事を守ってあげなきゃ。
『彼女の居場所を作ってあげよう』
そしてそんな使命感が植え付けられました。
大事なのは過去じゃなくて未来です。
僕は常にそんな事を考えている人間でした。
『暗い過去は明るい未来で塗りつぶせるさ。』
その時の僕はそんな事を頑なに信じて疑いませんでした。
そして提案しました。
「ユキ一緒に住もうか」
Part.15へ続く