Epsode.13 【写真】
そうして僕らのバンドは解散を迎えました。
Aとのバンドの為に組んでいた2つのバンドを解散し、彼とのバンドに全てをかけました。
しかし、そのバンドは1度もライブをする事すらなく、あっけなく解散を迎えました。
フリーターでバンドマンと言う肩書きを背負っていた僕はただのフリーターになりました。
「はぁっ。」
僕は一人静かにため息を吐きました。
ようやく動き出したと思った船がすぐに沈んだ。
その時僕はそんな事を考えました。
残ったのはユキだけでした。
しかし後悔はありませんでした。
薄情にもAの目を気にせずにユキと付き合う事が出来る安心感が勝っていました。
ユキからラインが来ていました。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」
僕はそう返しました。
「私のせいですよね?」
「いや、ユキのせいじゃないよ。」
僕はAがバイトをバックれた事を告げました。
「そうなんですね。」
彼女が何を思っていたのかは分かりませんでしたが一言そう返って来ました。
この時既にユキはAのラインやTwitterをブロックしたと言っていました。
付き合って2日目にして早くも波乱すぎます笑
「気にしなくていいよ。そんな事より今度二人でどっか行こうか?」
僕は彼女に気を使ってそう提案しました。
「水族館に行きたいです!」
意外とあっさりそう返って来ました。
初めてのデートは水族館でした。
ありきたりにもほどがあります。
僕はこの池袋サンシャイン水族館に、正直何回も来た事がありました。
今まで付き合った人とは100%の確率で来ていました。
カップルは何故水族館に行くのでしょう?
まるで付き合い始めの儀式かのように。
二人で水族館に行く事に価値があるみたいな、およそ魚の生態なんかに興味はないくせに何故アホみたいに水族館に行くのでしょう?
ユキの恋愛遍歴についてこの時点で深く聞いた事はありませんでしたが、恐らく僕より恋愛経験は豊富なはずです。
東京住みであればきっとこの水族館にも来た事はあるはずです。
別の恋人と。
それでも僕達はまるで初めて来たかのようにはしゃぎました。
前の恋人と来た思い出を塗りつぶすかのように。
今までと明らかに違ったのは、ユキが写真を撮らなかった事でした。
大抵の女子はどこかに行く度にパシャパシャ写真を撮ります。
ましてや水族館の魚の写真なんて、どこにでもありふれていてなんの価値もない写真です。
見返すのは自分が写っている写真だけで、景色の写真なんてどうせ見返しやしないのです。
そんな考えを持っている僕は写真を撮らないユキに好感を覚えました。
僕達は写真を撮らず、並んで色とりどりの魚を眺めました。
「この魚あいつの横顔に似てるよね。」
なんてくだらない事を言う僕の横で、彼女は楽しそうに笑っていました。
そしてチンアナゴを見つけると「かわいー。」と言って水槽にへばりつきました。
女子は大抵チンアナゴが好きです。
どうやらユキも同様のようでした。
僕はもっとグロテスクな深海魚とか、得体の知れない生物に興味がありました。
それでも水槽のライトに反射したユキの横顔がどこか愛おしくて、バレないようにスマホのシャッターを押しました。
水族館を後にしてランチを食べてからも僕はまだ彼女と一緒にいたい。
そんな気持ちにさせられました。
ユキも恐らく同じ気持ちを抱いていたはずです。
それにほぼニートのユキからしてみても時間を気にする必要なんてないのです。
だからと言って、お互い実家住まいの僕達は行く宛なんてありませんでした。
悩んだ末、僕は一度家に帰ってバイクのエンジンをかけました。
ユキに僕が普段着ていたダボダボのジャンバーを羽織らせ、後ろに乗せました。
1月の深夜、痛いほどに刺さる冬の空気を切って僕はバイクを走らせました。
「寒い。」
彼女は震えながら僕の身体にしがみつきました。
深夜の澄んだ冬空の下、湘南平の夜景は輝いていました。
僕もユキも初めて来る場所でした。
僕達は冷え切った手と手を握りました。
言う事を聞かなくなったアゴが歯をガタガタ言わせる中、口々に「寒い寒い」と呟きながら歩きました。
灯台の金網には南京錠が大量にかけられていました。
ここ湘南平の展望台は、愛を誓う恋人がフェンスに南京錠をくくりつける事で有名なデートスポットでした。
そんな事を露ほどにも知らなかった僕は、南京錠なんて当然用意していませんでした。
恐らく知っていた所で、ユキも僕も愛を誓う為に南京錠をくくりつける。
そんな下らない願掛けに、興味も持たなかったでしょうが。
展望台まで登ると湘南や平塚の夜景が一望できました。
「うわすげー!」
「すごいキレー!」
僕達は首をすくめ、腕を組みながら口々にそんな事を呟きました。
そして凍える身を寄せ合いながら、しばらくその景色に見とれました。
スマホを出す事なく、瞼にその景色を焼き付けました。
時刻は0時を回っていました。
目的がある行き道とは違って、帰りは絶望的でした。
およそバイクに乗れるような気温ではありませんでした。
それでも僕はエンジンをかけると、ユキにヘルメットを渡し後ろに乗せました。
下りの峠道をガタガタと震えながら走らせました。
飛ばせばその分強い風を受けるし、ゆっくり走ればその分寒さに晒される時間が長くなります。
僕はとても中途半端な速度でバイクを走らせました。
ユキは「寒い寒い」と言って僕にしがみついていましたが、途中から何も言わなくなり僕の背中にずっしりと寄りかかり始めました。
ユキは眠り始めました。
バイクの後ろで眠るのはとても危険です。
「起きて!起きて!」
僕はユキの肩を叩いてそう言いました。
「うん。起きてるよ。」
ユキは消え入りそうな声で答えてまた何も言わなくなりました。
何度呼びかけてもユキがシャキッと目を覚ます事はありませんでした。
寒さで身体中の感覚が無くなって来ていました。
『こんな季節に来るんじゃなかった。』
僕は自分の軽はずみな思い付きを後悔し始めました。
「ユキ起きて!コンビニ来たよ!あったかい飲み物買お!」
ようやくたどり着いたコンビニで肩を揺すると、彼女はようやく目を覚ましました。
「寒いよね。ごめんね。」
僕がそう言うと、眠そうな目をした彼女は華奢な体を震わせました。
僕達は互いにホットコーヒを購入して冷え切った手を温めました。
「あったかい。」
彼女はそう言って手のひらでコーヒーを転がしましたが、缶を切ったホットコーヒーは真冬の外気でみるみるうちに冷めて行きました。
「もう冷たくなっちゃった。」
ユキは冷えてしまった缶コーヒーを悲しそうに眺めました。
家まであと1時間半以上ありました。
ユキは言いました。
「隼人さん、もう限界です。」
申し訳ない事をしたな。
そう思いました。
僕もこの寒さの中、1時間半バイクに乗るなんて考えたくもありませんでした。
そして少しためらいながら言いました。
「そうだよね。どっか泊まってこっか。」
誘い方がこれで正しいのか、その時僕には良く分かりませんでした。
しかしユキは上下の歯をガタガタさせながら答えました。
「はい、そうしましょう。」
Part.14 へ続く