Epsode.9 【歪み】
1月16日、予期していなかった最悪な事態が起きました。
家でくつろいでいる時にAから電話が来ました。
僕は家で鉄腕ダッシュを見ていたので無視しました。
ラインが来ました。
「隼人さんバンド解散の危機です。」
謎のラインでした。
僕は「?」とだけ返しました。
5分くらい置いてAから返信が来ました。
「今日サイゼで友達と話してたんですけど、たまたまユキが隣の席に座っててなんか隼人さんの事を話してたんですけどなんかあったんですか?もしかしてユキと付き合ってますか?」
僕は驚いて、城島がタイワンハブを素手で捕まえている事が一気にどうでもよくなりました。
Aのラインに既読をつけないままユキにラインを送りました。
「今日サイゼにいた?」
すぐに返事が返って来ました。
「セイカとサイゼにいますよ!どうしてですか?」
「なんか、Aからライン来たんだけどさっきまでユキちゃん達の隣の席に座ってたらしいよ笑」
彼女はすぐに事情を察したようでした。
「えっ、全然気づかなかった…結構やばい話してたかもしれません…」
Aからまた電話がかかって来て、僕は無視をしました。
しかしあと4時間後にはAと二人で夜勤です。
憂鬱な気持ちになりました。
ユキから電話がかかってきたので僕は出ました。
「すいません大丈夫ですか?結構隼人さんの事色々話してたかもしれません。Aがどこまで聞いてたかはわからないですけど、本当にすいません。」
「これっばっかは仕方ないでしょ。」
僕は力のない声で答えました。
「この後Aと夜勤入ってるからその時色々聞かれると思う。オレ嘘つくの苦手だから色々バレちゃったらごめん。」
僕はつけ加えました。
「私は全然大丈夫ですけど、隼人さんに迷惑かけてしまった事が本当に申し訳ないです。」
ユキは本当に申し訳なさそうな口調で答えました。
いろんな感情が湧きました。
Aに対する苛立ち、後ろめたさ、そして多少の優越感、ユキにこんな事で謝らせてしまった申し訳なさも。
その後何度もAからの電話がなりましたが僕は全て無視をしました。
僕の顔を捉えた瞬間からAの沸点は最高潮に達していました。
何も話したくない、顔も合わせたくない。
僕の感情はたちまち面倒くささと憂鬱に支配されました。
「どうしてライン返さないんすか!電話も出ないしおかしくないすか!!」
「ごめん寝てたわ。」
適当に答えました。
「寝てたっておかしくないすか?なんかやましい事でもあるんですか?」
彼は興奮した様子でまくしたてました。
『なんでオレがお前にそんな事を言われなきゃいけない、お前がどれだけの人に迷惑をかけてると思ってるんだ。』
僕はそんな言葉達を飲み込みました。
「いや、別にないけど。」
「なんでちゃんと答えてくれないんですか?もしかしてオレとユキが別れたのって隼人さんのせいなんじゃないですか?裏でなんか糸引いてたんですか?」
何故なんでもかんでも他人のせいにするんだ。
少しは自分と向き会おうとしないのか?
僕は心の中でイライラが爆発しました。
しかしこの場面でそれを表に出す訳にはいきません。
その後興奮したAはひたすらに僕を質問責めにしました。
僕はたじろぎ、適当にごまかしながら質問に答えました。
「ユキからAの相談を受けていた事」
「何回かみんなで会っていた事」
「告白された事」
「Aとのバンドを優先したいから断った事」
これだけはごまかす事が出来ず、僕は白状しました。
Aはあからさまに落胆していました。
「何スカ、それおかしいっすよ。」
僕は「うん、ごめん。」を連呼しました。
話はなかなか終わりませんでした。
Aはしどろもどろになった僕の事を隅から隅まで質問攻めにしました。
「ユキが自分の事を何て言っていたか」
「何故会うようになったか」
「今までに何回会ったのか」
「どうやって告白されたのか」
それを知った所でどうなるのか?
僕は知らなくて幸せな事は知らないままでいたいタイプです。
これは束縛をする人にありがちな事だと思うのですが、知らなくてもいい事を知ろうとして自ら傷ついて、相手の事も傷つける。
そんなAの事を心の中で軽蔑しました。
今更何をしたってユキはAの元には戻って来ないのです。
ただAは僕の事を否定しながらも僕の発言を疑いはしませんでした。
彼は言いました。
「オレとのバンドを続けたければもうユキとは会わないで下さい。オレの前で2度とユキの名前も出さないで下さい。元カノが告白した男となんて正直バンドを組みたくないです。」
意味深な条件でしたが僕は承諾しました。
その後Aはゾンビのように働きました。
周囲に自分が傷ついている事をアピールするように、僕の事を否定するかのように。
その後もAは定期的に僕の事を否定しました。
「隼人さんやっぱおかしいっすよ。男として卑怯っす。もう隼人さんの事信用できないっすわ。」
僕は「ごめん」を連発しました。
ユキの事以外でもAは僕に当たってきました。
同じ職場にいる訳ですので当然業務上話さなきゃいけない事がたくさんあります。
しかし、彼は僕が話しかけた事にたいして無視をするか舌打ちをするかのどちらかでした。
彼から僕に話しかけて来る事はありませんでした。
どれだけ周りに傷ついている事をアピールした所で誰にも相手にされない事を悟った彼はまたバックヤードにこもりました。
スタッフはAと僕の二人しかいません。
その日は珍しくお店が混んでいて、僕が働かなかったらお店が周りません。
もうAはいないものとして僕は忙しく動き回りました。無理に作った笑顔で「いらっしゃいませー!」と言い、汗まみれになって厨房で料理を作りました。
時折バックヤードから「バーン!バーン!」と大きな物音がしました。
Aが壁を殴る音でした。
彼は物に当たるタイプでした。
僕はイライラしながらも平常心を保って働きました。
気付けば時刻は3時を回っていて、お店も落ち着いてきました。
壁を殴る物音も止んでいました。
僕一服をしようとバックヤードに戻りました。
Aの姿はありませんでした。
どうやら勝手に帰ったようです。
僕はホッと胸をなでおろし、タバコに火をつけて深く吸い込みました。
心身共に疲れきっていました。
その後誰もいなくなって散らかったお店を片付けました。
大量に溜まった食器を洗って、散らかった店内に掃除機をかけ、一人でワックスがけをしました。厨房の台をピカピカに磨いて窓を拭いて、トイレを掃除しました。
何も考えないように。
全ての雑念を取り払うように掃除だけに集中しました。
気がついたら夜が明けていました。
時刻は9時を回って朝番の佐藤さんがやってきました。
「すごいこれ!どうしたのめっちゃ綺麗になってるじゃん!」佐藤さんはピカピカになった店内を見て驚きました。
「いや、なんか暇だったんで。」と僕は適当に答えました。
「どうしたの隼人なんか疲れてるね。」
佐藤さんは僕の事を気遣ってくれました。
「いや、別に、お疲れ様です。」
しかし僕はぶっきらぼうにそう答えると、お店を後にしました。
外に出ると強い日差しが目に滲みました。
Part.10 へ続く