Epsode.8 【グレープフルーツムーン】
年が明けてから3日経った1月4日。
Aが実家の名古屋から帰ってきて、また僕達はバンドを再開しました。
「隼人さん曲作ったんで聴いてください。」
彼は僕と顔わ合わすなり、そう言いました。
当然のように彼が作った曲は、ユキに振られた事から作られた失恋ソングでした。
この曲を僕はどんな心境で聴けばよかったのでしょう。
悲しげなアルペジオから始まるその曲に、決して未来に向かうような明るいエンディングはなく、ユキに対する未練そのものでした。
「いい曲だね。」
僕はアコギで弾き語るAの歌を最後まで聴いて、ただ一言そう言いました。
「失恋の悲しさを音楽に出来るのがオレ達の強みです。これからは全てを音楽にぶつけるので一緒に頑張りましょう。」
曲の歌詞とは裏腹でしたがそれはあくまで作品として、Aはユキとの別れからどうにか立ち直り前を向こうとしている様子でした。
「おっけ、いいね。」
僕は複雑な心境で静かに答えました。
それから僕達はメンバーを募るべく【バンドメンバー募集!】のフライヤーを自作し、お店のあちこちに貼って行きました。
そして一週間ほど連続でスタジオにこもり練習をしました。
新しくドラムが入ってからもすぐに合わせられるように。
僕はAのテクニックについて行くのに必死でした。
Aは僕にあれやこれやと指示をしながら、僕は必死で曲を覚えました。
彼は久しぶりに楽しそうにしていました。
「隼人さん今まで本当すみません。もうユキの事でグタグタするのは終わりにします。ご迷惑おかけしました!」
「お、おん。」
僕は曖昧に頷く事しか出来ませんでした。
1月13日、久しぶりにユキから連絡がありました。
「隼人さん見たい映画があるんですけど、一緒に行きませんか?」
僕は悩みました。
「何が見たいのー?」
とりあえずそう返すと、彼女は「La La Land」が見たいと言いました。
La La Landは当時流行した話題作で、ピアニストと売れない女優の恋愛を描いたアメリカのミュージカル映画で、僕も気になっていた作品でした。
そして、曖昧な気持ちのまま一緒に行く事を承諾しました。
次の日、僕達は立川駅で待ち合わせをして映画を見に行きました。
「最近Aとのバンド頑張ってるよ。あいつが作る曲はマジでいいからな。」
僕はユキにそう伝えました。
「そうなんですね。」
彼女は何を思ったかは分かりませんが、それだけ答えました。
映画を見る前にマックで食事をしました。
「マックで一番好きなバーガー何?」と聞くとユキは笑顔で「テリヤキバーガー!」と答えました。
「テリヤキはないだろ!!どう考えでもベーコンレタスバーガーだろ!!」そう反論する僕に対して「そんなの個人の好みじゃないですかー!笑」と、彼女は楽しそうに答えました。
なんというかどうしてもユキとの会話は盛り上がってしまいます。
周波数が合うと言うか、僕は彼女と過ごす時間に心地よさを感じてしまいました。
映画はバッドエンドで終わりました。
鮮やかで劇的な展開で出会ったヒロインとピアニストはお互いに心を奪われながら、最終的には別の恋人と結ばれ、お互いに違う人生を歩みました。
それが恋の儚さで美しさなのかもしれません。
僕は La La Land に対してそんな感想を抱きました。
レイトショーが終わり、立川から家まで歩いて1時間くらいの距離に住んでいた僕達は、真冬の寒空の下を何故か歩いて帰る事になりました。
「いやー!面白かった!ユキちゃんはどうだった?」
と僕は彼女に感想を求めました。
女性と映画を見る度に感想を求めるのは僕の悪い癖です。
大半の女性が嫌がると恋愛心理学の本に書いてありました笑
「面白かったです!ヒロインの女優が可愛くて!バッドエンドですけどあれが一番綺麗な終わり方だったんですかねー。」
しかし彼女はきちんと感想を言ってくれるタイプの人でした。
その後僕達は歩きながら映画の感想をああだこうだ言い合いました。
気づけば立川の騒々しい街並みを抜け、人気のなくなった夜の大学通りを僕達は歩いていました。
クリスマ仕様の電飾はとっくに撤去され、街頭だけが取り残されたように足元を照らしました。
映画の感想をひとしきり言って、我に返った僕は「あ、もうこんな所まできてた。」と漏らしました。
ユキの家まであと10分程です。
「本当ですね。話に夢中になってた。もうちょっとで家だ…」
そして少しの間沈黙が流れました。
大事な事を話すなら今しかない。
そんな不自然な沈黙が。
しばらくしてユキは口を開きました。
「ミサちゃんの事まだ引きずってます?」
この質問にどう言う意図があるかって事くらい僕にだって分かりました。
「いや、全然。」
僕は正直に答えました。
「そうなんですね。今好きな人はいないんですか!?」
彼女は緊張をごまかすかのように、明るい声で僕に聞きました。
その声は少しだけうわずっていました。
僕は自分の中で正しい返答を見つける事が出来ませんでした。
Aとの関係もあるし、ユキと付き合うつもりはない。
でも、仮にユキがAの元カノじゃなければ付き合っていた。
しかしAとの関係を悪化させてまで付き合えるほどオレは図々しい人間じゃない。
それでもユキの事が好きになりかけている?
ごちゃ混ぜな感情が浮かびました。
そしてその感情を自分の中で整理して言葉にするほどの時間がありませんでした。
「んーまあっ、なんだろ…いないね…」
僕はついにそう答えました。
なんとも中途半端で歯切れの悪い口調でそう答えました。
「へー、そうなんですね…」
彼女は言いました。
そして次の言葉が見つからず、やたらと冷えた手をこすり合わせました。
気まずい沈黙が流れました。
ユキは僕に「いるよ。」って答えて欲しかったのでしょうか。
このシュチュエーションで「いるよ。」と答えるのは、ほとんど「君の事が好きだ。」と言っているような物です。
そんな胸を張って君の事が好きだ。と言えるようなずうずうしさや強さを僕は持ち合わせてはいませんでした。
お互いに次の言葉を探しました。
そして気まずさに耐えかねて僕は聞きました。
「ユキちゃんはいないの?好きな人。」
誘導的で卑怯な質問だと言う事は分かっていました。
気まずさに耐えきれなかった僕は、ユキが自分の事を好きだとはっきりと確認する事によって自尊心を満たしたい。
そんな本能に狩られ、それを制御する為に考える時間は持ち合わせていませんでした。
ユキは一瞬黙ってから答えました。
「いますよ。」
僕はもうどうすればよかったのか分からなくなり聞きました。
「もしかしてオレの事好きなんじゃない?」
最低最悪な質問でした。
こう言う時に本当にモテる男はどうするのでしょうか。答えが知りたいです。
彼女は言いました。
「それは言えません…」
そして続けました。
「でも、もうこれってほとんど言っちゃてるようなもんですよね…」
何故僕はこんなタイミングで自分の自尊心を満たしたいが故に、彼女にこんな事を言わせてしまったのでしょうか。今考えても最低です。
しかし同時にユキが自分の事を本当に好きでいてくれていると言う事実に幸福感にも包まれました。
そして言いました。
「もし仮にオレがユキちゃんの事を好きになったとしても、オレはユキちゃんとは付き合えないかな。Aとのバンドもあるしそんな事を知ったらAがヤバイよ。オレにとってバンドが一番大事だし。」
そんな風に答えて僕は泣き出したいような気持ちになりました。
月がやたらと綺麗でした。
「そうですよね…」
ユキはそう答えて僕達は沈黙しました。
最後までその沈黙をぬぐいきる事は出来ずに別れがきました。
「今日はありがとう!楽しかった!」
僕はいろんな事を喋りたい感情を抑え、当たり障りない言葉で手を振りました。
「私も楽しかったです!」
彼女も複雑な表情をしながら、そう言って手を振り返しました。
一人きりになった道をイヤフォンをさして歩いて帰りました。
GOING STEADYの「グレープフルーツムーン」を流して帰りました。
最低最悪だけど少し幸福感に包まれたそんな不思議な夜でした。
家に帰ってからTwitterを開くと「モヤモヤする。」とユキのtweetが流れてきました。
僕は何かを呟こうか一瞬悩んでスマホをしまいました。
Part.9 へ続く