Epsode.5 【師走】
12月24日、クリスマスイブ。
僕はいつものようにバイトでした。この日もAと一緒です。
僕たちが働いていたダーツバーでもささやかながらにクリスマスの装飾が施され、僕とAはあまり気乗りがしないまま、サンタとトナカイの格好をさせられました。
トナカイになったAは僅かながらに元気を取り戻して「いつまでも落ち込んでられないっすね!よっしゃ切り替えて頑張るか!」と言っていました。
僕は例によって複雑な心境でしたが、多少なりとも前向きになろうとしているAに胸を撫で下ろしました。
「トナカイが暗い顔してたらヤバイしな笑」
僕がそう言うと、Aは力無く笑いました。
「じゃあ、オレネットカフェの清掃行って来ます!」
Aは久しぶりに明るい声を出したような気がします。
きっと胸の奥から絞り出した声だったのでしょう。
「よろしくー。」
僕はそう言い、サンタの格好のままレジの点検を始めました。
「いらっしゃいませ。」
お客さんが来たので、そう言って顔をあげるとやってきたのはユキでした。
少し派手な格好をしたギャルっぽい女の子と一緒でした。
「サンタさん可愛いですね。」
ユキは僕に笑いかけました。
「まぁ、嫌々着てるよね笑」
僕は苦笑いしながらと答えました。
隣のギャルはユキの高校時代の友達で「セイカ」と言いました。
セイカは僕の方を見ながら、「あー!噂のね!」と意味深な事を言いました。
「どうも笑」
僕は適当に挨拶をして、二人を一番奥の席に案内しました。
僕は嬉しいような気まずいような、そんな心境でした。
Aとユキが顔を合わせる事に問題がないのか疑問でした。
「終わりましたー!」
トナカイのAがそう言いながら戻って来ました。
「なんか、ユキちゃん来てるよ。」
僕は一応伝えました。
「まじっすか・・」
Aは顔を引きつらせそう言うと、バックヤードにこもりました。
そのままトナカイになったAは、ユキが帰る明け方の5時まで戻ってくる事はありませんでした。
それからユキは3日連続でやって来ました。
セイカではない男友達と来る事もあれば、一人で来て他の常連さんと絡む事もありました。
その度にAはユキの顔を見るのが辛いのか、引きこもりました。
お店が混み始めてもAは戻ってこず、僕は一人で慌ただしく動き回り大変でした。
「ふざけんなよ!なんで来るんだよ!意味わかんねーよ!」
Aは毎回ユキが帰ると戻って来て、そんな言葉を吐きました。
その荒れ方は以前にも増していました。
僕は仕事もせず周りに迷惑をかけ、自分勝手な理屈でキレ散らすAにほとほと嫌気が差しました。
僕はその時Aの気持ちが全く分かりませんでした。
終わった恋人が自分が働くお店に平然と遊びにくる事の辛さを想像しようともしませんでした。
「お客さんなんだから仕方ねえだろ。」
僕はAに冷たく言い放ちました。
「でももう来ないって約束したんスよ!別るならこの店に来ないって!」
「知らねーよ。つかお前いい加減にしろよ。少しは大人になれない訳?」
「お前には分かるはずねーよな!オレの気持ちが!」
Aは顔を真っ赤にしながら、先輩の僕に月9のワンシーンのようなセリフを吐いて去って行きました。
「本当にあんなセリフ言う人いるんだ…」
僕はただそう思いました。
Aは些細な事ですぐキレる非常にめんどくさい奴で、皆が腫れ物を扱うようにAと接していました。僕は自分の発言でAがキレる事は完全に分かっていました。
その後バイトが終わるまで僕達は一言も口を聞きませんでした。
僕は家に着いてからユキにラインをしました。
「今日は来てくれてありがとなー!でも今ユキちゃんが来るとAが大変なんだ。だからほとぼりが冷めるまで来ない方がいいんじゃないかな?」
「そうですよね。分かってはいたんですけど、私も今どうしても一人でいるのが辛くて…でもそのせいで隼人さんに迷惑がかかるのであればもう行きません。」
ユキはそう返して来ました。
ユキはこれまでも「一人でいるのが辛い」だとか「夜眠れない」と言う事を何度か口にした事がありました。
その時、僕は彼女の言葉の本当の意味を理解していませんでした。
Part.6 へ続く