Epsode.3 【12月】
12月10日、この日はユキの誕生日でした。
僕らのバイト先がある、国立市の大学通りの桜並木には色とりどりの電飾が飾り付けられ、クリスマスソングが流れ始めた街には暖かで優しい雰囲気が流れ始めていました。
「誕生日おめでとう!」
僕はユキに短いラインを送りました。
「有難うございます!」
彼女から返って来たのはそれだけでした。
どうやらユキとAはまだ別れてはいないようです。
仕事で一緒になったAは、街の雰囲気とは対照的に荒れていました。
しかし自分から愚痴を吐き散らしても誰も相手にしてくれない事を察したのか、僕に対してユキの話をしてくる事は減りました。
ただ、椅子に座って俯いたり、機嫌が悪いのは同じでした。
仕事をしてない事が店長にバレてブチギレられていました。
それでもAは店長がいない僕と二人きりの時間には何も変わりませんでした。
「バンドやろうぜ。」
僕はAにそれだけを言い続けました。
「やりましょう!」
それに対してだけはAもそう答え、仕事終わりに二人で練習をしました。
しかし、当然練習に身が入らず、彼は曲と曲の合間にため息を吐き続けました。
それでも僕はAが作る真っ直ぐで力強い楽曲が好きで、それに自分のベースを乗せる事に快感を覚えていました。
『何があってもこのバンドは続けてーな。』
僕はそう思いました。
練習が終わってからも、相変わらずため息を吐きながら何かを言いたそうにしているAでしたが、僕はそれを無視してそそくさと帰って行きました。
12月15日、ユキからのライン。
「Aと別れる事になりましたー (^ ^) 」
彼女からのラインには珍しく文末に顔文字が付いていたのは、どういう心境だったのかは分かりません。
誕生日までには上手く行かなかったもの、クリスマス10日前にして別れる事に成功したようです。
僕はなんて返信するのが正解か分かりませんでした。
ユキの為にとっての正解と、自分とAの関係を崩さないようにする為の正解が。
そして、この時既にユキが自分の事を気になっているような気もしていました。
ユキにとって優しい自分でいたいと言う気持ちも。
そのバランスを上手くとる方法なんて当然なく
「そっか、寂しくないの?」と、自分の中にあった言葉の本心で一番当たり障りない言葉を選んで送りました。
「今は少し寂しいですけどすぐに慣れると思います!前、隼人さんが言ってくれたように、これからの未来を明るく生きれるようにする為の決断です!」
ユキにとってどれくらいの尺度かは分かりませんが、少なくとも二人の別れには僕の言葉が影響したようでした。
「そっか、後は時間が解決してくれる事を祈るだけだね!」
僕はまた、自分の心の中にある一番当たり障りない言葉を選んでユキに送りました。
その日の夜勤もAと一緒でした。
「隼人さん。ユキに振られましたわ。」
彼はバックヤードで僕と顔を合わせた瞬間、切なさMAXに言って来ました。
僕は嘘を付くのが昔から苦手でした。
「ああ、そうなんだ、、」と素知らぬ顔をして答えましたが、
「もしかして知ってましたか?」と聞き返されたました。
「いや…知らんよ。うん、」
動揺した僕は、なんとも意味深な間を空けて答えてしまいました。
Aは僕の目を覗きこみながら「そうですか…」と言い、タバコに火を点けました。
仕事中いつものように項垂れると思った彼は、予想に反して元気でした。
いつもだったら絶対言わないような声で「いらっしゃいませー!」と言ったり、積極的に他の常連さんに話しかけたりしていましたが、力無く笑う様は明らかに空元気でした。
深夜を周って明け方になり、常連さん達が帰ったお店で僕らは二人きりになりました。
僕らが働いていたダーツバーはネットカフェとスタジオも併設されており、24時間営業でした。
その為ダーツバーとスタジオのお客さんが帰ったら暇になり、店の締め作業をする事になっています。
「隼人さんオレ辛いっすよ。」
お客さんがいなくなってシンとした店内で無言でレジ締めをする中、
彼は急に涙を流して話かけて来ました。
涙は止む事無く、ついにAは声を出して号泣し始めました。
「オレ頑張ってたんすけどね。ユキにはオレしかいないと思ったし、マジなんなんだよあいつ死ねよ。」
と、支離滅裂な事を言いながら泣き続けました。
僕はとても複雑な心境でAの事を宥めました。
そして言いました。
「バンドやろうぜ。」
12月20日、告白を保留にされていたミサちゃんはバイト先の別の先輩の「アキラくん」と付き合っている事を知りました。
どうやら、僕が告白した時点でアキラくんと付き合っていたようです。
本当に狭い世界で事が周っています笑
保留にした理由はアキラくんと付き合っている事実を内緒にしたかった事みたいでした。
だったら普通に振ってくれよと僕は思いました。
僕に「隼人さんラインしましょ!」とか「一緒に夜景見に行きましょ!」とか言ってきたくせに、思わせぶりな態度を取りながら密かにアキラくんとの愛を育んでいたようです。
「クソアマが!」
僕は心の中で苦虫を噛み潰しながら、微妙にアキラくんに対する気まずさと申し訳なさを覚えました。
そして、思わずユキにラインをしていました。
振られて傷ついた気持ちを誰かに慰めてもらいたい。
今思えばこれは僕の弱さでした。
そして、その対象が僕にとってはユキしかいなかったのです。
「ミサちゃんなんかアキラくんと付き合ってるみたい!マジ爆笑!卍!」
ふざけた文面で傷ついた自分の心を隠すように、弱い自分を悟られないように。
なんとも中途半端で意味深なラインをユキに送りました。
「そうだったんですね。それはショックですね、私でよければ隼人さんの話聞かせてくれませんか?たくさん話聞いてもらったし、お礼じゃないですけどまた会わせて下さい。」
彼女から返信が来ました。
様々な感情が交錯する中、ユキからの返信に僕は「頼むー笑」と送り返しました。
Part.4 へ続く